2010年06月30日

世界平和実現のためのサッカー2

ご覧いただき、ありがとうございます。
今日もサッカー・ワールドカップ南アフリカ大会のお話しです。

初めに、
日本代表選手、本当にお疲れ様でした!
そして、希望と熱い感動をありがとうございました!


結果はご存じだと思いますが、
W杯決勝トーナメント1回戦 日本0-0(PK3-5)パラグアイ

で、PKで敗れてしまいました....。


29日は午後10時半にはテレビの前に座っていました。

手に汗握る試合とはこのことでしょう。
しかし、だいぶボールは支配されていましたので、
選手たちの体力は大丈夫かと思いました。

ボール支配率から見ても、
日本は39%でしたので守備への負担は相当なものだったと思います。

日本はトーナメントに入り、
失敗が許されなかったため、
攻撃より守備に重点が置かれたのだと思います。


各国の評価を見ても、
日本の戦術に関して二分されていますね。

"日本の組織力は世界に通じる"と評価した国もあれば、
"攻めてに欠き、退屈な試合"と酷評した国もありました。


それでも、日本代表の活躍に日本中が歓喜しことに間違いはないと思います。
一人一人のプレーに感動し、
"日本は出来る!"と感じた方も多いのではないでしょうか?



今回のフランス代表は、
アンリ選手を初め、各国のリーグで活躍している選手が沢山いますね。

しかし、予選リーグから言われていた不仲説が表面化し、
予選リーグで一勝もあげることが出来なかったという結果を生みました。
それほど、チームプレーは選手間のコミュニケーションが大切です。


今回は控えに回ったGKの川口選手が試合後のインタビューで答えていました。

それは、
"犠牲心"
です。

「選手であれば試合に出たいと思うことは当然」、
「しかし、そう言った思いを押し殺してチームのためにどうすべきかを考えた」
と、いうことを話されていました。

そういった選手たちのこころが今回の日本代表の原動力の一つかも知れませんね。


先回もお話しした"ピースカップ"。
「サッカーを通じて、国家、宗教などの壁を越えて、人類の恒久平和実現を目指す。」という理念により発足しました。

文鮮明先生は世界平和実現のために様々なことを提言・提案されていますが、
W杯を見ると改めてサッカーに対して大きな期待をせざるを得ません。



このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
posted by マイロ at 15:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

世界平和実現のためのサッカー

ご覧いただき、ありがとうございます。
今日はサッカーのお話しです。


サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会で、日本代表は1次リーグ突破を決めましたね。私も朝の3時15分に起きて、応援しましたが、日本のプレーヤーの動きに一喜一憂してかなり疲れました。


ワールドカップ前の練習試合で思うような結果が残せず、岡田監督自身も”自分の進退をを問うた”と言われるまで、追い詰められていた日本代表でした。

しかし、ワールドカップが始まると今までの布陣を大幅に変更し、ミッドフィルダーというポジションだった本田選手をフォワードに起用。しかも、ワントップで....。

スターティングメンバーには私の好きな選手の中村俊介選手の名前はありませんでした。

守備的な要素の強い布陣のため、前線ではタメを作れる本田選手を筆頭に、独特のリズムを持つ松井選手、そしてドリブルの上手くて早い大久保選手。
この3人を生かすため、パスサッカーで局面を打開する俊介選手は岡田監督の構想から外れたのかも知れません。
個人的には残念....。

でも結局、功を奏し、マスコミや日本国民の反応も大きく変わりましたね。テレビやインターネットを見ても、日本に対する各国、各界からの賞賛の嵐です。


今回の代表メンバーを見て個人的に感じることは、
”心一つ”ということです。

”君が代”を日本代表が歌っているとき、皆で肩を組んでいますね。
ベンチにいる控えの選手もスタッフも然り....。

闘莉王選手が提案し、それをキャプテンの長谷川選手が岡田監督に、
「ベンチも肩を組んでくれますか?」と提言。
今までの日本代表にはない光景です。

そして、デンマーク戦で遠藤選手はフリーキックでゴールを決めた後、
満面の笑みを浮かべながらベンチに駆け寄っていきました。

控えに回っている今野選手が遠藤選手に話したそうです。
遠藤選手がゴールを決める夢を見たと....。

だから、ゴールを決めた後、すぐさまベンチに駆け寄ったのだと思いました。

ベンチにいる選手も同じような姿勢で臨み、
ピッチに立つ選手も必死にプレーしている姿が心を打たれますね。


今回の勝利に浮かれてばかりはいられませんね。
次の戦いが待っていますので、日本の地から声援を届けたいと思います。


文鮮明先生が設立された”鮮文平和サッカー財団”では、
”ピースカップ”というFIFA公認の国際大会を開催しています。

そのピースカップも早くワールドカップのような世界的認知を得られるような大会になって欲しいと願うばかりです。


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このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました
posted by マイロ at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月23日

統一教会の礼拝「情の成長」−「宗教は心の弱い人がすること?」

ご覧いただき、ありがとうございます。

私の通う教会では教会長が長期出張のため、
教会長代理という方が赴任してこられました。

6月20日の礼拝で語ってくださった内容をお知らせします。

日付:2010年06月20日
題目:情の成長


「情の成長に相応しい環境を神様から与えていただいている私たちです。

一番は家庭環境です。

"家庭は愛の学校"と言われていますが、
私たちは家庭を通して愛を学ぶことが出来ます。

それは、自分の夫や妻、子供たちや両親、祖父母からから学んでいるのです。

家庭において縦の情、横の情、前後の情を総合的に学ぶことが出来き、情というものを育み育てていける所なのです。


あるいは、家庭の拡大として教会を考えてみたときに、
教会においてもお父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、弟、妹など、教会生活を通して情の成長をしていくことが出来るのです。

しかし、愛せない人や愛せない環境が出てきますが、
神様が私の情の成長のために与えてくださったと考えなければなりません。

私たちは愛せない人やその環境こそ私の成長の為にあるので、そのことを祈るのです。
そこから素晴らしい心情の世界が醸し出されていくのです。」


少しとばして....。


「そのようなことから、信仰を持つ人に対して、信仰を持たない人は、
"信仰する人は心の弱い人だ"という人がいますし、実際、私もそう言われたことがあります。

宗教は心の弱い人がするものですか?

心に痛手を負って、何とかしたいとすがるような気持ちで駆け込んだところが宗教であった、
そういう所だけを見て心が弱い、と言えるのでしょうか?

それは切っ掛けに過ぎません。
その後、信仰を持ち続ける為には越えなければならないハードルは幾つもあるのです。

愛せない人を愛していく、
その人の為に祈り、精誠を立てていく....。

それは簡単でしょうか?
そうではありませんね。

私たちは神様という存在を知りました。
また、私たちが試練に遭ったときどのように越えるのかをジッと見つめている神様でもあります。

神様は環境を準備されますが、
その環境をいかに越え、勝利していくかは人間自身にかかっているのです。

手を出したくても手を出すことの出来ない神様なのです。
親である神様のその思いが分かるから、
私たちはどんな困難があっても
"頑張ろう!"、
"越えていこう!"と思うのではないでしょうか?

神様の真の姿を見たとき、
人は強くなるのです。」

説教の要約はこのあたりで....。



私は以前、高校や大学の友達に、
"お前が宗教に走るようなヤツだとは思わなかった。"とか、
"俺たちを仲間だと思ってなかったのか?"などと、言われたことがあります。

もちろん私からすると、
とても大切な友達ですし、
宗教を持つこと(信仰すること)が友達を否定することにならないと思います。

いろいろなことを見ても、
神様の存在を否定することは出来ないと思います。

宗教とはその字の如く、
"おおもとのおしえ"であり、
"根源の教え"です。

ですから、宗教とは特別なのもではなく、
私たちにとって当たり前のものであり、
神様という存在も当然、そこにあるものです。


何だか私の説教のようになってきてしまいました....。
すみませんm(_ _)m

昨日、撮った猫の写真をアップします。
バイクの下で気持ちよさそうに寝ていた猫に気付かずに驚きました。

neko.jpg

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神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
posted by マイロ at 15:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 礼拝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

模様替えをしました。

ご覧いただき、ありがとうございます。

タイトルの画像を変更して、
少し模様替えをしてみました。

更新が止まっていたのにもかかわらず、
たくさんの方たちにご覧いただき、
感謝の気持ちと申し訳ない気持ちで一杯です。


先日、12年5ヶ月、監禁されていた後藤さんとお話しする機会がありました。
少人数の会合でしたので、ざっくばらんに私もお話しさせていただきました。

後藤さんが「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と、ご心情を吐露されていました。

それは当然のことだと思います。

信じていた親や兄弟に拉致監禁された....、
人の道を説くはずのキリスト教牧師に罵声を浴びせられた....、
拉致監禁によって時間を奪われた....、

など、身体的な被害もさることながら、
精神的な被害も相当だと思います。


拉致監禁被害に遭われた方が、
「5年経った今でも拉致されたときに引きずり込まれた同じ車を見ると、心臓の鼓動が早くなって苦しくて立ち止まってしまう。」と、言っておられたことを思い出します。

後藤さんは12年5ヶ月という期間、
言葉では言い表せない様々な体験をされたことだと思います。

解放され2年近く経った今でも、
後藤さんも心苦しい時があるとも言われていましたし、
思い出したくもないと思う時があると言われていました。

では、
「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と....。

それは「今、神様が私を必要としているから。神様の手足となって働きなさいと今、言われているからです。」と語られました。

後藤さんの神様に対する、信仰に対する素晴らしい姿勢を垣間見せられました。


このブログも少しずつでも更新していきたいと思います。

統一教会員を拉致監禁するという行為は本当に行われてきた事実ですし、早く根絶するために皆様のご協力をいただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございます。
posted by マイロ at 19:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致監禁関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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