ご覧いただき、ありがとうございます。
前回同様、久々の更新となり、申し訳ございません。
今日のgoogleのトップ画像を見て、
個人的にとても懐かしく思いました。
そして、ある人の誕生日だと思い出しました。
誕生日と言っても明日(10月9日)ですが....。
そのある人とは、
"John Lennon(ジョン レノン)"です。
もし、ジョンが生きていれば70歳を迎えます。
その画像の右にある三角をクリックすると、
面白いことになりますよ。
興味ある方は明日までにご覧くださいね。
google初の動画ロゴになっています。
ジョンの代表作ともいえるのが、
その動画ロゴのBGMにもなっている「イマジン」です。
この「イマジン」は、
平和を祈願する曲として、世界中で歌われていますね。
少し前ですが、
2006年のトリノオリンピックの開会式でも歌われました。
この時、ファンとしてとても嬉しかったです。
(どうして嬉しかったかは最後に書きますね。)
私が初めて「イマジン」を聞いたのは、13歳のとき。
ファンの間では"ジョンの死を知らない世代"といわれる世代ですが、
正直、驚きました....。
「イマジン」の出だしです。
Imagine there's no Heaven
(想像してごらん 天国はないと)
It's easy if you try
(やってみればたやすいこと)
No Hell below us
(足下に地獄はなく)
Above us only sky
(僕たちの頭の上にあるのは空だけ)
Imagine all the people Living for today...
(想像してごらん すべての人々が今日という日のために生きていることを...)
「イマジン」には大まかにいうと、
次のことが必要ないと言われています。
宗教、
国家、
財産
です。
宗教は必要ないし、神は存在しない。
国境があるために戦争が起きる。
また、財産を平等にすれば、
貧困に苦しむこともない、
ということかも知れません。
それらは一見正しいことに見えましたが、
神様は本当にいないの?
という思いを持ったのが、13歳の時でした。
今もこのことは世の中を見ると、
とても多い反応だと思います。
しかし、今はこう言えます。
神様が創造した世界なのに、
神様を否定することはおかしい話しだよと....。
そして、紛争や争いことなどが起きる原因は、
宗教や財産が根本的な原因ではなく、
人の心の病だと....。
宗教は人を腑抜けにするものではなく、
心の教育をする場所が宗教だと思います。
「イマジン」に対していろいろ述べてきましたが、
ジョンに対する尊敬の念は今でも持っています。
だから、ジョンが生きていれば、
こう言いたいですね。
「神様は生きて存在するし、一緒に統一教会の信仰を持とう!」と....。
最後になりましたが、
どうして2006年のトリノオリンピックの開会式で歌われたことが、
嬉しかったのかというと....、
「イマジン」が世界中に流れるときは、
悲しい歴史の場面で流れることが多かった、と感じていました。
「イマジン」という曲の持つ力は本当にすごいと思います。
多くの人に平和を考えさせる力を持ち、
また、人を愛する大切さを説いています。
本当に戦争がなく、平和な世界を願って....。
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
2010年10月08日
2010年07月23日
拉致監禁について詳しく調べる方法
ご覧いただき、ありがとうございます。
久々の更新となりましたが、
いかがお過ごしですか?
今日、信仰の先輩のあるお姉さんから電話をいただきましたが、
その時のお話しです。
「拉致監禁についてネットで調べてるんだけど、
思うような結果が得られなくって....」と、
少し困って電話をくれたようです。
「お姉さん、拉致監禁という言葉は統一教会の用語ではないから仕方ない面もあるけど、
試しにこう検索して下さい。
統一教会 統一教会 統一教会 拉致監禁ってね、
統一教会を三回入力して、その後、拉致監禁って入れて下さい」
「馬鹿にしてるでしょ?」と言われましたが、
「そんなことないですよ、同じ言葉を何度か繰り返して入力すると、
検索エンジンはかなり重要な言葉だと判断するんですよ」と....。
「じゃあ、やってみるね」と言って、
お姉さんは電話を切りました。
しばらくすると、そのお姉さんからまた電話がかかってきました。
今度は笑っているようにも聞こえ、とても嬉しそうでした。
「凄いね!そんな風にして、いろいろ調べられるんだね!」と、
感動してくださいました。
皆様もぜひお試しください。
話は変わりますが、
私はクーラーの効いた部屋にいることが多く、
家に帰るときの暑さが何だか心地よい感じがしています。
何だか体がおかしいのかなぁ....、
そんな思いを持ちながら空を見上げました。
思わず、
「エビだ!」と声を出してしまいました。
すると周りにいた人たちも数人、空を見上げていました。
皆さんはこの写真、エビに見えますか?
見えますよね?

取り留めもない話しですが、
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
久々の更新となりましたが、
いかがお過ごしですか?
今日、信仰の先輩のあるお姉さんから電話をいただきましたが、
その時のお話しです。
「拉致監禁についてネットで調べてるんだけど、
思うような結果が得られなくって....」と、
少し困って電話をくれたようです。
「お姉さん、拉致監禁という言葉は統一教会の用語ではないから仕方ない面もあるけど、
試しにこう検索して下さい。
統一教会 統一教会 統一教会 拉致監禁ってね、
統一教会を三回入力して、その後、拉致監禁って入れて下さい」
「馬鹿にしてるでしょ?」と言われましたが、
「そんなことないですよ、同じ言葉を何度か繰り返して入力すると、
検索エンジンはかなり重要な言葉だと判断するんですよ」と....。
「じゃあ、やってみるね」と言って、
お姉さんは電話を切りました。
しばらくすると、そのお姉さんからまた電話がかかってきました。
今度は笑っているようにも聞こえ、とても嬉しそうでした。
「凄いね!そんな風にして、いろいろ調べられるんだね!」と、
感動してくださいました。
皆様もぜひお試しください。
話は変わりますが、
私はクーラーの効いた部屋にいることが多く、
家に帰るときの暑さが何だか心地よい感じがしています。
何だか体がおかしいのかなぁ....、
そんな思いを持ちながら空を見上げました。
思わず、
「エビだ!」と声を出してしまいました。
すると周りにいた人たちも数人、空を見上げていました。
皆さんはこの写真、エビに見えますか?
見えますよね?
取り留めもない話しですが、
最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。
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本当にありがとうございました。
2010年07月04日
「拉致監禁・強制改宗」抗議デモに参加して
ご覧いただき、ありがとうございます。
今日は日曜日なので、礼拝に参加した後、恵比寿から渋谷にかけて行われた「拉致監禁・強制改宗」抗議デモに参加してきました。
私は残念ながら途中からの参加になりましたが、蒸し暑い中、300名の「拉致監禁・強制改宗」に反対する意志のある方たちが集いました。
恵比寿から旗やプラカードを持って、かけ声をかけて行進しました。

始めに、このデモの趣旨を説明しました。
"私たちは統一教会の教会員です。今日まで4300人の信徒が拉致監禁・強制改宗の被害を受けてきました。不当な拉致監禁ビジネスを取り締まり、憲法で保障されている宗教の自由が脅かされている事実を訴えに来ました。"
その後、シュプレヒコールをしました。
"統一教会員を利用した拉致監禁ビジネスを許すな!"
"不当な人権侵害を許すな!"
と、恵比寿から渋谷にかけて行いました。

私が合流しようと、信号待ちをしていた時でした。
10代の終わりぐらいの男性2名と女性2名のグループの会話が聞こえてきました。
女性1:何あれ?統一教会って何?拉致って?
男性1:部屋に閉じ込めるヤツでしょ。
女性1:マジ、やばくね?なんでそんなことすんの?
男性2:牧師が統一教会の人を拉致るんだってさ。
女性1:え〜!ちょー信じられないんですけど。
女性2:牧師がそんなことやって良いの?マジ、違法じゃん。
これは作り話ではなく、実際に目の前であった会話です。
もう少し専門用語?が出てきましたが、私には意味が理解できなかった....。
今の10代後半から20代前半の人たちの中には統一教会のことを分からない人が多いかも知れません。
そういった真っ新な状態で統一教会員の拉致監禁被害を考えると、
違法行為、
ということが普通に感じるのだと思います。
それが当たり前なのだと思います。
そうです、
私たちは当たり前のことを当たり前に訴えただけなのです。
不当な拉致監禁ビジネスがなくなり、
今後、憲法で保障されている宗教の自由が奪われることがないよう、
またデモがあれば参加させていただきたいと思います。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
今日は日曜日なので、礼拝に参加した後、恵比寿から渋谷にかけて行われた「拉致監禁・強制改宗」抗議デモに参加してきました。
私は残念ながら途中からの参加になりましたが、蒸し暑い中、300名の「拉致監禁・強制改宗」に反対する意志のある方たちが集いました。
恵比寿から旗やプラカードを持って、かけ声をかけて行進しました。
始めに、このデモの趣旨を説明しました。
"私たちは統一教会の教会員です。今日まで4300人の信徒が拉致監禁・強制改宗の被害を受けてきました。不当な拉致監禁ビジネスを取り締まり、憲法で保障されている宗教の自由が脅かされている事実を訴えに来ました。"
その後、シュプレヒコールをしました。
"統一教会員を利用した拉致監禁ビジネスを許すな!"
"不当な人権侵害を許すな!"
と、恵比寿から渋谷にかけて行いました。
私が合流しようと、信号待ちをしていた時でした。
10代の終わりぐらいの男性2名と女性2名のグループの会話が聞こえてきました。
女性1:何あれ?統一教会って何?拉致って?
男性1:部屋に閉じ込めるヤツでしょ。
女性1:マジ、やばくね?なんでそんなことすんの?
男性2:牧師が統一教会の人を拉致るんだってさ。
女性1:え〜!ちょー信じられないんですけど。
女性2:牧師がそんなことやって良いの?マジ、違法じゃん。
これは作り話ではなく、実際に目の前であった会話です。
もう少し専門用語?が出てきましたが、私には意味が理解できなかった....。
今の10代後半から20代前半の人たちの中には統一教会のことを分からない人が多いかも知れません。
そういった真っ新な状態で統一教会員の拉致監禁被害を考えると、
違法行為、
ということが普通に感じるのだと思います。
それが当たり前なのだと思います。
そうです、
私たちは当たり前のことを当たり前に訴えただけなのです。
不当な拉致監禁ビジネスがなくなり、
今後、憲法で保障されている宗教の自由が奪われることがないよう、
またデモがあれば参加させていただきたいと思います。
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神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
2010年06月30日
世界平和実現のためのサッカー2
ご覧いただき、ありがとうございます。
今日もサッカー・ワールドカップ南アフリカ大会のお話しです。
初めに、
日本代表選手、本当にお疲れ様でした!
そして、希望と熱い感動をありがとうございました!と、
言いたいですね。
結果はご存じだと思いますが、
W杯決勝トーナメント1回戦 日本0-0(PK3-5)パラグアイ
で、PKで敗れてしまいました....。
29日は午後10時半にはテレビの前に座っていました。
手に汗握る試合とはこのことでしょう。
しかし、だいぶボールは支配されていましたので、
選手たちの体力は大丈夫かと思いました。
ボール支配率から見ても、
日本は39%でしたので守備への負担は相当なものだったと思います。
日本はトーナメントに入り、
失敗が許されなかったため、
攻撃より守備に重点が置かれたのだと思います。
各国の評価を見ても、
日本の戦術に関して二分されていますね。
"日本の組織力は世界に通じる"と評価した国もあれば、
"攻めてに欠き、退屈な試合"と酷評した国もありました。
それでも、日本代表の活躍に日本中が歓喜しことに間違いはないと思います。
一人一人のプレーに感動し、
"日本は出来る!"と感じた方も多いのではないでしょうか?
今回のフランス代表は、
アンリ選手を初め、各国のリーグで活躍している選手が沢山いますね。
しかし、予選リーグから言われていた不仲説が表面化し、
予選リーグで一勝もあげることが出来なかったという結果を生みました。
それほど、チームプレーは選手間のコミュニケーションが大切です。
そして、今回は控えに回ったGKの川口選手が試合後のインタビューで答えていました。
それは、
"犠牲心"
に、ついてです。
「選手であれば試合に出たいと思うことは当然」、
「しかし、そう言った思いを押し殺してチームのためにどうすべきかを考えた」
と、いうことを話されていました。
そういった選手たちのこころが今回の日本代表の原動力の一つかも知れませんね。
先回もお話しした"ピースカップ"。
「サッカーを通じて、国家、宗教などの壁を越えて、人類の恒久平和実現を目指す。」という理念により発足しました。
文鮮明先生は世界平和実現のために様々なことを提言・提案されていますが、
W杯を見ると改めてサッカーに対して大きな期待をせざるを得ません。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
今日もサッカー・ワールドカップ南アフリカ大会のお話しです。
初めに、
日本代表選手、本当にお疲れ様でした!
そして、希望と熱い感動をありがとうございました!と、
言いたいですね。
結果はご存じだと思いますが、
W杯決勝トーナメント1回戦 日本0-0(PK3-5)パラグアイ
で、PKで敗れてしまいました....。
29日は午後10時半にはテレビの前に座っていました。
手に汗握る試合とはこのことでしょう。
しかし、だいぶボールは支配されていましたので、
選手たちの体力は大丈夫かと思いました。
ボール支配率から見ても、
日本は39%でしたので守備への負担は相当なものだったと思います。
日本はトーナメントに入り、
失敗が許されなかったため、
攻撃より守備に重点が置かれたのだと思います。
各国の評価を見ても、
日本の戦術に関して二分されていますね。
"日本の組織力は世界に通じる"と評価した国もあれば、
"攻めてに欠き、退屈な試合"と酷評した国もありました。
それでも、日本代表の活躍に日本中が歓喜しことに間違いはないと思います。
一人一人のプレーに感動し、
"日本は出来る!"と感じた方も多いのではないでしょうか?
今回のフランス代表は、
アンリ選手を初め、各国のリーグで活躍している選手が沢山いますね。
しかし、予選リーグから言われていた不仲説が表面化し、
予選リーグで一勝もあげることが出来なかったという結果を生みました。
それほど、チームプレーは選手間のコミュニケーションが大切です。
そして、今回は控えに回ったGKの川口選手が試合後のインタビューで答えていました。
それは、
"犠牲心"
に、ついてです。
「選手であれば試合に出たいと思うことは当然」、
「しかし、そう言った思いを押し殺してチームのためにどうすべきかを考えた」
と、いうことを話されていました。
そういった選手たちのこころが今回の日本代表の原動力の一つかも知れませんね。
先回もお話しした"ピースカップ"。
「サッカーを通じて、国家、宗教などの壁を越えて、人類の恒久平和実現を目指す。」という理念により発足しました。
文鮮明先生は世界平和実現のために様々なことを提言・提案されていますが、
W杯を見ると改めてサッカーに対して大きな期待をせざるを得ません。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
2010年06月25日
世界平和実現のためのサッカー
ご覧いただき、ありがとうございます。
今日はサッカーのお話しです。
サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会で、日本代表は1次リーグ突破を決めましたね。私も朝の3時15分に起きて、応援しましたが、日本のプレーヤーの動きに一喜一憂してかなり疲れました。
ワールドカップ前の練習試合で思うような結果が残せず、岡田監督自身も”自分の進退をを問うた”と言われるまで、追い詰められていた日本代表でした。
しかし、ワールドカップが始まると今までの布陣を大幅に変更し、ミッドフィルダーというポジションだった本田選手をフォワードに起用。しかも、ワントップで....。
スターティングメンバーには私の好きな選手の中村俊介選手の名前はありませんでした。
守備的な要素の強い布陣のため、前線ではタメを作れる本田選手を筆頭に、独特のリズムを持つ松井選手、そしてドリブルの上手くて早い大久保選手。
この3人を生かすため、パスサッカーで局面を打開する俊介選手は岡田監督の構想から外れたのかも知れません。
個人的には残念....。
でも結局、功を奏し、マスコミや日本国民の反応も大きく変わりましたね。テレビやインターネットを見ても、日本に対する各国、各界からの賞賛の嵐です。
今回の代表メンバーを見て個人的に感じることは、
”心一つ”ということです。
”君が代”を日本代表が歌っているとき、皆で肩を組んでいますね。
ベンチにいる控えの選手もスタッフも然り....。
闘莉王選手が提案し、それをキャプテンの長谷川選手が岡田監督に、
「ベンチも肩を組んでくれますか?」と提言。
今までの日本代表にはない光景です。
そして、デンマーク戦で遠藤選手はフリーキックでゴールを決めた後、
満面の笑みを浮かべながらベンチに駆け寄っていきました。
控えに回っている今野選手が遠藤選手に話したそうです。
遠藤選手がゴールを決める夢を見たと....。
だから、ゴールを決めた後、すぐさまベンチに駆け寄ったのだと思いました。
ベンチにいる選手も同じような姿勢で臨み、
ピッチに立つ選手も必死にプレーしている姿が心を打たれますね。
今回の勝利に浮かれてばかりはいられませんね。
次の戦いが待っていますので、日本の地から声援を届けたいと思います。
文鮮明先生が設立された”鮮文平和サッカー財団”では、
”ピースカップ”というFIFA公認の国際大会を開催しています。
そのピースカップも早くワールドカップのような世界的認知を得られるような大会になって欲しいと願うばかりです。

このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました
今日はサッカーのお話しです。
サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会で、日本代表は1次リーグ突破を決めましたね。私も朝の3時15分に起きて、応援しましたが、日本のプレーヤーの動きに一喜一憂してかなり疲れました。
ワールドカップ前の練習試合で思うような結果が残せず、岡田監督自身も”自分の進退をを問うた”と言われるまで、追い詰められていた日本代表でした。
しかし、ワールドカップが始まると今までの布陣を大幅に変更し、ミッドフィルダーというポジションだった本田選手をフォワードに起用。しかも、ワントップで....。
スターティングメンバーには私の好きな選手の中村俊介選手の名前はありませんでした。
守備的な要素の強い布陣のため、前線ではタメを作れる本田選手を筆頭に、独特のリズムを持つ松井選手、そしてドリブルの上手くて早い大久保選手。
この3人を生かすため、パスサッカーで局面を打開する俊介選手は岡田監督の構想から外れたのかも知れません。
個人的には残念....。
でも結局、功を奏し、マスコミや日本国民の反応も大きく変わりましたね。テレビやインターネットを見ても、日本に対する各国、各界からの賞賛の嵐です。
今回の代表メンバーを見て個人的に感じることは、
”心一つ”ということです。
”君が代”を日本代表が歌っているとき、皆で肩を組んでいますね。
ベンチにいる控えの選手もスタッフも然り....。
闘莉王選手が提案し、それをキャプテンの長谷川選手が岡田監督に、
「ベンチも肩を組んでくれますか?」と提言。
今までの日本代表にはない光景です。
そして、デンマーク戦で遠藤選手はフリーキックでゴールを決めた後、
満面の笑みを浮かべながらベンチに駆け寄っていきました。
控えに回っている今野選手が遠藤選手に話したそうです。
遠藤選手がゴールを決める夢を見たと....。
だから、ゴールを決めた後、すぐさまベンチに駆け寄ったのだと思いました。
ベンチにいる選手も同じような姿勢で臨み、
ピッチに立つ選手も必死にプレーしている姿が心を打たれますね。
今回の勝利に浮かれてばかりはいられませんね。
次の戦いが待っていますので、日本の地から声援を届けたいと思います。
文鮮明先生が設立された”鮮文平和サッカー財団”では、
”ピースカップ”というFIFA公認の国際大会を開催しています。
そのピースカップも早くワールドカップのような世界的認知を得られるような大会になって欲しいと願うばかりです。
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本当にありがとうございました
2010年06月23日
統一教会の礼拝「情の成長」−「宗教は心の弱い人がすること?」
ご覧いただき、ありがとうございます。
私の通う教会では教会長が長期出張のため、
教会長代理という方が赴任してこられました。
6月20日の礼拝で語ってくださった内容をお知らせします。
日付:2010年06月20日
題目:情の成長
「情の成長に相応しい環境を神様から与えていただいている私たちです。
一番は家庭環境です。
"家庭は愛の学校"と言われていますが、
私たちは家庭を通して愛を学ぶことが出来ます。
それは、自分の夫や妻、子供たちや両親、祖父母からから学んでいるのです。
家庭において縦の情、横の情、前後の情を総合的に学ぶことが出来き、情というものを育み育てていける所なのです。
あるいは、家庭の拡大として教会を考えてみたときに、
教会においてもお父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、弟、妹など、教会生活を通して情の成長をしていくことが出来るのです。
しかし、愛せない人や愛せない環境が出てきますが、
神様が私の情の成長のために与えてくださったと考えなければなりません。
私たちは愛せない人やその環境こそ私の成長の為にあるので、そのことを祈るのです。
そこから素晴らしい心情の世界が醸し出されていくのです。」
少しとばして....。
「そのようなことから、信仰を持つ人に対して、信仰を持たない人は、
"信仰する人は心の弱い人だ"という人がいますし、実際、私もそう言われたことがあります。
宗教は心の弱い人がするものですか?
心に痛手を負って、何とかしたいとすがるような気持ちで駆け込んだところが宗教であった、
そういう所だけを見て心が弱い、と言えるのでしょうか?
それは切っ掛けに過ぎません。
その後、信仰を持ち続ける為には越えなければならないハードルは幾つもあるのです。
愛せない人を愛していく、
その人の為に祈り、精誠を立てていく....。
それは簡単でしょうか?
そうではありませんね。
私たちは神様という存在を知りました。
また、私たちが試練に遭ったときどのように越えるのかをジッと見つめている神様でもあります。
神様は環境を準備されますが、
その環境をいかに越え、勝利していくかは人間自身にかかっているのです。
手を出したくても手を出すことの出来ない神様なのです。
親である神様のその思いが分かるから、
私たちはどんな困難があっても
"頑張ろう!"、
"越えていこう!"と思うのではないでしょうか?
神様の真の姿を見たとき、
人は強くなるのです。」
説教の要約はこのあたりで....。
私も以前、"お前が宗教に走るようなヤツだとは思わなかった。"とか、
"俺たちを仲間だと思ってなかったのか?"などと、言われたことがあります。
しかし、いろいろなことを見ても、
神様の存在を否定することは出来ないと思います。
宗教とはその字の如く、
"おおもとのおしえ"であり、
"根源の教え"です。
ですから、宗教とは特別なのもではなく、
私たちにとって当たり前のものであり、
神様という存在も当然、そこにあるものです。
何だか私の説教のようになってきてしまいました....。
すみませんm(_ _)m
昨日、撮った猫の写真をアップします。
バイクの下で気持ちよさそうに寝ていた猫に気付かずに驚きました。

このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
私の通う教会では教会長が長期出張のため、
教会長代理という方が赴任してこられました。
6月20日の礼拝で語ってくださった内容をお知らせします。
日付:2010年06月20日
題目:情の成長
「情の成長に相応しい環境を神様から与えていただいている私たちです。
一番は家庭環境です。
"家庭は愛の学校"と言われていますが、
私たちは家庭を通して愛を学ぶことが出来ます。
それは、自分の夫や妻、子供たちや両親、祖父母からから学んでいるのです。
家庭において縦の情、横の情、前後の情を総合的に学ぶことが出来き、情というものを育み育てていける所なのです。
あるいは、家庭の拡大として教会を考えてみたときに、
教会においてもお父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、弟、妹など、教会生活を通して情の成長をしていくことが出来るのです。
しかし、愛せない人や愛せない環境が出てきますが、
神様が私の情の成長のために与えてくださったと考えなければなりません。
私たちは愛せない人やその環境こそ私の成長の為にあるので、そのことを祈るのです。
そこから素晴らしい心情の世界が醸し出されていくのです。」
少しとばして....。
「そのようなことから、信仰を持つ人に対して、信仰を持たない人は、
"信仰する人は心の弱い人だ"という人がいますし、実際、私もそう言われたことがあります。
宗教は心の弱い人がするものですか?
心に痛手を負って、何とかしたいとすがるような気持ちで駆け込んだところが宗教であった、
そういう所だけを見て心が弱い、と言えるのでしょうか?
それは切っ掛けに過ぎません。
その後、信仰を持ち続ける為には越えなければならないハードルは幾つもあるのです。
愛せない人を愛していく、
その人の為に祈り、精誠を立てていく....。
それは簡単でしょうか?
そうではありませんね。
私たちは神様という存在を知りました。
また、私たちが試練に遭ったときどのように越えるのかをジッと見つめている神様でもあります。
神様は環境を準備されますが、
その環境をいかに越え、勝利していくかは人間自身にかかっているのです。
手を出したくても手を出すことの出来ない神様なのです。
親である神様のその思いが分かるから、
私たちはどんな困難があっても
"頑張ろう!"、
"越えていこう!"と思うのではないでしょうか?
神様の真の姿を見たとき、
人は強くなるのです。」
説教の要約はこのあたりで....。
私も以前、"お前が宗教に走るようなヤツだとは思わなかった。"とか、
"俺たちを仲間だと思ってなかったのか?"などと、言われたことがあります。
しかし、いろいろなことを見ても、
神様の存在を否定することは出来ないと思います。
宗教とはその字の如く、
"おおもとのおしえ"であり、
"根源の教え"です。
ですから、宗教とは特別なのもではなく、
私たちにとって当たり前のものであり、
神様という存在も当然、そこにあるものです。
何だか私の説教のようになってきてしまいました....。
すみませんm(_ _)m
昨日、撮った猫の写真をアップします。
バイクの下で気持ちよさそうに寝ていた猫に気付かずに驚きました。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございました。
2010年06月21日
模様替えをしました。
ご覧いただき、ありがとうございます。
久々の更新と、タイトルの画像など、
少し模様替えをしてみました。
更新が止まっていたのにもかかわらず、
たくさんの方たちにご覧いただき、
感謝の気持ちと申し訳ない気持ちで一杯です。
先日、12年5ヶ月、監禁されていた後藤さんとお話しする機会がありました。
少人数の会合でしたので、ざっくばらんに私もお話しさせていただきました。
後藤さんが「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と、ご心情を吐露されていました。
それは当然のことだと思います。
信じていた親や兄弟に拉致監禁された....、
人の道を説くはずの牧師に罵声を浴びせられた....、
拉致監禁によって時間を奪われた....、
など、身体的な被害もさることながら、
精神的な被害も相当だと思います。
拉致監禁被害に遭われた方が、
「5年経った今でも拉致されたときに引きずり込まれた同じ車を見ると、心臓の鼓動が早くなって苦しくて立ち止まってしまう。」
と言っておられたことを思い出します。
後藤さんは12年5ヶ月という期間、
言葉では言い表せない様々な体験をされたことだと思います。
解放され2年近く経った今でも、
後藤さんも心苦しい時があるとも言われていましたし、
思い出したくもないと思う時があると言われていました。
では、
「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と....。
それは「今、神様が私を必要としているから。神様の手足となって働きなさいと今、言われているからです。」と語られました。
後藤さんの神様に対する、信仰に対する素晴らしい姿勢を垣間見せられました。
このブログも少しずつでも更新していきたいと思います。
統一教会員を拉致監禁するという行為は本当に行われてきた事実ですし、早く根絶するために皆様のご協力をいただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございます。
久々の更新と、タイトルの画像など、
少し模様替えをしてみました。
更新が止まっていたのにもかかわらず、
たくさんの方たちにご覧いただき、
感謝の気持ちと申し訳ない気持ちで一杯です。
先日、12年5ヶ月、監禁されていた後藤さんとお話しする機会がありました。
少人数の会合でしたので、ざっくばらんに私もお話しさせていただきました。
後藤さんが「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と、ご心情を吐露されていました。
それは当然のことだと思います。
信じていた親や兄弟に拉致監禁された....、
人の道を説くはずの牧師に罵声を浴びせられた....、
拉致監禁によって時間を奪われた....、
など、身体的な被害もさることながら、
精神的な被害も相当だと思います。
拉致監禁被害に遭われた方が、
「5年経った今でも拉致されたときに引きずり込まれた同じ車を見ると、心臓の鼓動が早くなって苦しくて立ち止まってしまう。」
と言っておられたことを思い出します。
後藤さんは12年5ヶ月という期間、
言葉では言い表せない様々な体験をされたことだと思います。
解放され2年近く経った今でも、
後藤さんも心苦しい時があるとも言われていましたし、
思い出したくもないと思う時があると言われていました。
では、
「なぜ今、拉致監禁被害に遭った私が表舞台へと出て行かなければならないのか?」と....。
それは「今、神様が私を必要としているから。神様の手足となって働きなさいと今、言われているからです。」と語られました。
後藤さんの神様に対する、信仰に対する素晴らしい姿勢を垣間見せられました。
このブログも少しずつでも更新していきたいと思います。
統一教会員を拉致監禁するという行為は本当に行われてきた事実ですし、早く根絶するために皆様のご協力をいただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。
このブログをご覧いただいた全ての皆様に、
神様の祝福がありますことを心よりお祈り申し上げます。
本当にありがとうございます。

